旅先では、人はあらゆる感覚を研ぎ澄まして新たな現象を感じ取るもの。もちろん「味覚」という基本的感覚も例外ではありません。地元の料理を口にせずにその地を去ることは、旅の楽しみの大半を経験することなく旅を終えることと言っても過言ではないでしょう。現在チェコではグルメシーンが、他の欧州諸国同様、急激に発展しつつあります。都市部では文字通り、角を曲がるたびに店に座って、何か口にすることが可能となっています。料理の種類も様々で、チェコ料理の伝統的バージョン、ライトなモダン・バージョン、あるいはアジア - 中近東から日本に至るまで様々な国の料理、そして例えば南米料理など広範囲に及んでいます。世界の様々な料理を提供する、クオリティの高いレストランは、既にプラハやブルノのいった大都市のみの専売特許ではなくなっており、例えばモラヴィアのオロモウツ、南ボヘミアのターボルなどといった地方の町においても、世界のトレンドを追い求め、オリジナルのメソッドで実現している、チェコ国内でも最高の部類に属するレストランが存在しているのです。
チェコのミシュランガイド星付き店
チェコでは、プラハ以外でもクオリティの高い料理をお楽しみいただけます。ユニークな料理、そしてこれを提供するユニークな空間は、国中に存在します。これにはいくつか原因がありますが、その1つは、チェコ人が自分が手にしている物で満足せず、常に新しいものを追い求める傾向があること。チェコ人は旅行好きで、外国で学びとったこと、自分の経験をどんどん自国に持ち帰り、取り入れています。同時にチェコも、腕に自信のある外国人にとっても魅力ある場所となっているため、ここを自分の本拠地に定め、自国料理を紹介したり、あるいは伝統料理とモダンな料理との新たな融合を求めたりする人々の流入が後を絶ちません。チェコでグルメに関する関心が急激に高まりつつあることは、テレビ料理番組が、外国制作のものも、国内制作のものも全て非常に人気があり、高視聴率を誇っている事実にも裏付けられています。また料理本もよく売れていますし、ロックダウンがなければ、質の高いレストランの客数にも現れているのがご確認いただけたはずです。
ただしブームの始まりは、いささかぎこちないものでした。チェコに最初の中華レストランができたのは、ビロード革命の前のことで、また1989年前後にはピザ・レストランが雨後の筍のごとく、次々と現れました。ピザ屋の中には、その後パスタや他のイタリア料理にレパートリーを広げたものも出てきました。特にユーゴ紛争の時期には、旧ユーゴスラヴィア諸国から、数多くの優秀なシェフがチェコに流れてきました。その後チェコの人々は国内で最初の寿司、メキシコ料理、タイ、あるいは韓国料理などに舌鼓を打つようになります。今日では、インド、あるいはネパール料理、更には南米料理専門のレストランなどの存在はすっかり当たり前の存在となっています。
チェコでベトナム料理の人気が高まったのは、それほど昔の話ではありません。これは主としてチェコ在住のベトナム人コミュニティーの貢献によるものです。プラハ郊外のベトナム市場「サパ」は、買い物のみならず、ベトナム料理をも楽しむために通うチェコ人のお気に入りの場となっています。
ミシュラン・レストラン第1号
こうした様々な要素が相まって、更に個性的なレストランが次々とオープンしましたが、これらは1つのファクターにこだわらず、その後も進化を求め続けました。独特なフュージョンをオファーし、実験を恐れることなく成長し続けていったのです。チェコのみならず、中東欧で初めてミシュラン・レストランが誕生したのは2008年のことで、この栄えある星を獲得したのは、プラハのフォー・シーズンズ・ホテル内のイタリア・レストラン「アレグロ」でした。その2年後には、ミシュランの星を2人のチェコ人シェフが獲得するという快挙が成されましたが、うち一人はホテル・ラジソン・ブルー・アルクロン内レストラン「アルクロン」のシェフ、ロマン・パウルス、そしてもう一人は19世紀末の伝統的チェコ料理を専門とする、レストラン「ラ・デギュスタシオン・ボヘミア・ブルジョワーズ」のシェフ、オルドジフ・サハイダークです。さらに2016年にはこれにプラハのレストラン「フィールド」のシェフ、ラデック・カシュパーレックが加わっています。
夏のグルメ・チェコ・シリーズの第1回目では、チェコ各地からお勧めのユニークなレストラン、バーをご紹介いたします。
プラハ市
コーシャ料理(ユダヤ教の戒律に従った料理)
プラハ市内中心には、数百年にわたって、数多くのユダヤ人コミュニティーが息付いてきました。旧市街広場の近くにあるKing Solomon(キング・ソロモン)というレストランは、そのコーシャ料理の伝統から生まれました。メニューには、伝統的な(酵母を使わない生地を用いた)マッツァー・ボールやパスタ入り祝祭用にわとりのスープや、子羊肉のポテトと甘い人参添えなどを味わって頂けます。
名高いファラフェル
Bistro Paprika(ビストロ・パプリカ)という店のオーナーたちは、イスラエルからプラハに移住した後も、イスラエルのレシピに従って調理しています。その小さなビストロは、地下鉄C線のI.P.Pavlova駅の出口付近にあって、ここのハマス、ファラフェルやヴィーガンのシュワルマは、本当に人気があり、そして、店内の席も限られているために、いつも満席です。つい最近、地下鉄B線のAnděl駅近辺に支店が出来ましたが、座席が多く、テイクアウトにも対応しているので便利です。
伝統的ではないお菓子
Lukáš Vašek(ルカーシュ・ヴァシェク)さんは、料理人や菓子職人の経験はない一方で何か新しい味を試してみたいという美食家に共通する道を辿って来ました。その結果、彼は、プラハのナーロドニー大通りの近くにOh Deer Bakeryというパン屋を構えて、そこで「クロブリハ(crobliha)」というパンを発売しました。このクロブリハは、クロワッサンの生地で作ったドーナツで、チェコの「コブリハ」(チェコ風ドーナツ)のように揚げたものです。新しい味を試すのが大好きな方なら、この甘くてトッピング味付けも多い新製品に誘われ、きっと、味見してみたくなりますよ。特にピスタチオ・クリームやイチゴ味とか、それとも塩キャラメルにラファエロというコンビネーションが好評判です!
アイスランド生まれのベーキング腕前
Davíd Arnórsson(ダヴィド・アルノルソン)さんは、2017年に「ケーキ・オブ・ザ・イヤー」賞を受賞して、アイスランド大統領にも称賛を受けました。これを出発点にして順風満帆に進む代わりに、アルノルソンさんは、プラハに移住して、ここでアイスランドの伝統的なレシピを紹介することにしたのです。市内マラーストラナのトラム停留所Újezd近くに、Artic Bakehouseというパン屋を開店して、そこで、毎日かまどを温めて、酵母パンやヴァニラがかかったシナモンの「カタツムリ」パンを焼き続けています。お店では、カルダモン入り揚げパン類、あるいは干しブドウ入りドーナツも売っています。このドーナツは、元の発音が難しいので、「ラヴ・ボールズ」(愛の球)と呼ばれています。
少し異なった北欧
スカンジナビア食文化は、プラハ市内のField(フィールド)というレストランのオーナーで2020年にミシュランの一つ星を再受賞したRadek Kašpárek(ラデク・カシュパーレク)さんにも、刺激を与えています。カシュパーレクさんは、材料や料理を、シンプルで何も美化されていない形での提案を重視しています。この店の料理は、味だけではなく外見でも注目を引きます。例えば、雄牛の血でできた土、乾燥して漬けたアリ、おろして乾燥したダマジカの心臓、雄牛のアキレス腱のチップスなどのような面白い珍味を味見して頂けます。カシュパーレクさんは、チェコの森林に自生していて、昔使われていた香辛料や球根など再着目した材料や意外なレシピで、お客様を驚かせるのが好きなようです。
アジア料理の組み合わせ
日本料理店、韓国料理店やベトナム料理店は、プラハの街角のどこにもあります。それに加え、ベトナム喫茶店では、伝統的なコンデンスミルク入りコーヒーを出す店も増えています。有名なのは、地下鉄A線のJiřího z Poděbrad駅周辺にあるCaféfin(カフェーフィン)や、ベトナムコーヒー以外にココナツ・クレープや伝統的なベトナムのベーグルも味わって頂けるCa phe(カフェー)という店です。プラハ市内のベトナム人コミュニティーは、SAPAという一大ベトナム・マーケットを作り出しました。25万㎡という巨大な敷地には、レストランや喫茶店の他、迷路のような路地もあり、本場のベトナムの市街のような場所です。このSAPA訪問時に、英語ガイドによる案内を体験してみませんか?ガイドさんに、一番興味深く面白いところを案内してもらう事ができます!
オロモウツ市
チョウの遊び
料理人のPřemek Forejt(プシェメク・フォレイト)さんは、ロンドンの元ミシュラン一つ星レストランL'Autre Piedや、ブルノ市で有名な日本レストラン「Koishi」にも務めた経験を経て、2015年にオロモウツ市でEntreeというレストランを開業しました。その店の特徴は、オリジナルなインテリアばかりではなく、お客様への料理の紹介方法も特徴なのです。彼が第一に考えるのは、地元産食材の品質と遊び心です。例えば、メニューには、ホタテ貝のフェンネル(茴香)添えという料理あって、「自分で作ってみて」という名前になっています。料理に図がついていた、お客様は、説明図に沿って自分自身で料理を組み合わせた結果、お皿にチョウの形をした料理が完成します。
バロックにおける近代
Eva Dlabalová(エヴァ・ドラバロヴァー)さんとPetr Heneš(ペトル・ヘネシュ)さんは、オロモウツ市で、Long Story Short(ロング・ストーリー・ショート)というデザイン・ホステルを経営しています。イギリスのザ・ガーデイアン紙は、このホステルを世界で最も素晴らしい新規ホステル・トップ10リストに掲載しました。オーナーは、昔のバロック式の塁壁などを修復しました。宿泊以外は、チェコの伝統的な料理やモダンな調理法を組み合わせるビストロでの朝食や昼食を提供しています。メニューに出ているのは、子羊の膝やほうれん草、精白していない大麦、ヘーゼルナッツ、タラのエンドウ・ピューレ添えなどです。
オストラヴァ市
フランス風の朝食
ベルギー人のDavid Girtenさんは、以前に、縁あってオストラヴァに移住して結婚し、フランスやベルギーのカフェーの雰囲気を思わせるビストロLapeco(ラペコ)を開店しました。朝食メニューには、素晴らしいクロワッサンやワッフル、サンドイッチなどが欠かせないものです。シェフのおすすめには、バター、スクランブル・エッグ、ベーコンとルッコラに、フレッシュジュースかコーヒーの持ち帰りもあります。
ピルゼン市
甘くて塩っぱい
伝統的なチェコ料理の一部をなす主食として、クネドリーキと呼ばれるダンプリングがあります。通常は、主菜の肉のソース添えと一緒に出され、その生地は、じゃがいもの粉の生地や、小麦粉と白パン類の生地からつくられ、その中身にも、いろいろな種類があります。その味の多様さを、料理の主役にしたのは、Dumbplings Factory(ダンプリングス・ファクトリー)というビストロのオーナーたちでした。古いチェコ風の味として、プラム・ジャムにケシ、あるいはハックルベリーにシナモン、それともリモンチェロ(Limoncello)などの甘い味を試して頂けます。しかし、ダンプリングの詰め物には、塩っぱいものもあって、チェコの伝統的な薫製肉やほうれん草以外に、例えばカレーやBBQ味の詰め物なども注文頂けます。
ブルノ市
ベルリン風の手本
ブルノ市は、チェコ第2の大都市で、学生向けのビストロから、仰々しくて高級なレストランやレトロ式のカフェーまで、多種多様な店があります。長年にわたって人気のあるところでは、Bistro Franz(ビストロ・フランツ)という店があり、そのオーナーは、パリやベルリンの店から様々なインスピレーションを受けました。しかし、スープやサンドイッチなど日替わりメニューに出るものは、地元の食材で調理されています。朝食に、ヴィーガン風ブリトー・アボカド入りや、ピーナッツ入りのオート麦お粥は、如何でしょうか。
何より肉を!
ガッツリ肉料理を召し上がりたい場合は、ブルノ市中心部のZelný rynk(ゼルニー・リンク)広場に駐車しているフード・トラックBūcheck(ビヘック)が賢明な選択です。その所有者も、外国の食文化の経験を踏まえて、何か特別なものを発売することを目指しています。その結果、メニューには、豚脇腹肉のピーナッツやコリアンダー、ハイセンジャン風味焼きや、「超うまい」裂き豚肉、あるいは、ラードで揚げたフレンチフライなどがあります。
健康なスタイル
ブルノの美食界にもアジア料理は欠かせないもので、レストランは勿論のこと、カフェやビストロも増えています。新参者の一人は、ベトナム風卵黄入りコーヒー、あるいは、チキンとハーブ入りお粥を提供しているCà Phê Cổ(「カフェコ」)という店です。興味深い試みとしては、3F by Moriというレストランでは、高品質の健康食を、その場でも、お持ち帰りの形でも提供しており、試して頂く価値があります。この店では、主に日本料理や韓国料理を中心に、お持ち帰り用の寿司セットや様々なサラダのほかに、好きなものを自由に選んで、その場で調理してもらうこともできます。この店のミニマリスティクな店内デザインは、「アイデンティティ・デザイン」というロンドンのスタジオに設計してもらいました。
ミクロフ
ユダヤ文化の伝統
南モラヴァ地方にあるミクロフという町は、その観光名所でだけでなく、美味しい料理でも、世界中の観光客の気を引こうとしています。スロバキア人のMarek Ihnačák(マレク・イフナチャーク)シェフは、Pied-á-Terreというロンドンのミシュランレストランに務めた後、ジェイミ・オリビエが所有しているFifteenにも勤務し、そこで副シェフになりました。その後、イフナチャークさんは、ミクロフのHotel Tanzberg(ホテル・タンツベルグ)のレストランを経営しており、15世紀以降、ミクロフに定住していたユダヤ人少数派の歴史を思わせた食文化をコンセプトの中心にしています。おすすめの料理の例として、ユダヤ風鯉の白ワインと焼きニンニク・玉ねぎのポテト添えがあります。このレストランでは、チェコのワイン産地として有名なミクロフ産ワインが幅広く揃えられていることは、言うまでもありません。
ターボル市
チェコの新しい古典
ホテル・ナウチルスのGoldie(ゴルディー)レストランは、ここ数年で、チェコで一番高評価されるレストランの一つになってきました。美食評論家のPavel Maurer(パヴェル・マウレル)によると、このレストランは、チェコ国内で10番目に優れたレストランだそうです。そのシェフのMartin Svatek(マルチン・スヴァテク)さんは、チェコ料理とインターナショナル料理のバランスを目指しています。彼は、チェコの典型的な料理を調理してはいますが、軽く消化できるように注意しています。おすすめの料理は、鹿の背骨グリル、ローズヒップソースとラズベリー掛け、焼きキャベツとカボチャとポレンタ添えです。
チェスケー・ブジェヨヴィツェ市
美食の記憶
チェスケー・ブジェヨヴィツェ市内の川沿いには、居心地の良いカフェーやレストランが少なくありません。川から市中央のプシェミスル・オタカル2世広場の方へ向かう途中に、歴史的な塩倉庫があります。これは、ゴチック晩期様式の建物で、2019年に「2019年の記念物」賞を受賞しました。この昔の塩倉庫は、現在、ビール工房付きのレストランになっています。ここでは、チェコ料理も国際料理も注文頂けます。例えば、卵と焼きキノコ付きの「クライダ」(キノコでできたスープ)、あるいは軽くスモークした豚あばらのジャク・ダニエルス・ソース掛けキャベツサラダ添えは、如何でしょうか。